総合危機管理学会(SIMRIC)通信 No.03 2018/07/31

SIMRiC通信の第3号を発行いたします。今回は、先日5月27日(日)に行なわれました第3回学術集会の様子についてご報告するほか、学会員によるコラムをスタートさせました。今後の学会員の皆様の積極的な投稿をお待ちしております。

◇コンテンツ◇

1 【巻頭エッセイ】 (木村栄宏)

2 【学会からのおしらせ】

3 【総合危機管理学会 コラム】 (戸田博也)

4 【第3回総合危機管理学会 報告】 (常務委員会)

5 【危機管理にかかわる他学会、他組織での関連イベント・行事等】

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1.【巻頭エッセイ】

防災の日常化                  常務委員長 木村 栄宏

  今回の平成30年7月豪雨では、3.11の経験も踏まえ、行政はpull型で無く、push型で情報発信や支援物資の提供を行なった(一応説明すれば、pull型、push型とは、情報発信で言えば、pull型:情報の受信者側が情報の発信者側にアクセスして、欲しい情報を選択しながら入手する形(HPからの情報入手)であるのに対し、push型:情報の発信者側から、受信者側にアクセスして、伝えなければならない情報をきちんと峻別して情報を入手してもらう形(防災行政無線による同報、携帯メールへのメール送信、個別訪問等)のことである)。

 しかし、ダム放水情報発信や避難勧告・避難指示の発信においては、住民との間で齟齬が生じたり、住民側の正常性バイアスの存在などが指摘されたりしている(3.11.のときもそうだったにかかわらず・・)。

 そこで想起されるのは、「防災の日常化」の一層の促進だ。防災については、例えば防災に係わる講演会などを開催しても、聞きに来られるのは毎回同じメンバーで、本当に聞いて欲しい人たちがなかなか足を運んでくれない、という主催者側の悩みはあちこちで聞く。一方、「防災」というと、何か構えなければならない、といった意識があったり、怖い、とか面倒くさいといった感情を持ち、拒否する方がおられるのも確かである。

そこで「もっと防災を気楽に、身近に」、という考え方が必要となる。その試みは、もちろん、既に様々な場所で、地域で、行なわれつつある。例えば、小さい子供の頃から防災に馴染ませるために「あそぼうさい(遊ぶ+防災)」というコンセプトで防災訓練を行なうとか、保育園や幼稚園児に対して、若いお兄さんお姉さん(学生たちなど)が消火器の使い方を見せたりするミニ  教室の開催、コスチュームによってボウサイレンジャーとして登場したりとか、女性のグループ「防災ガール」による啓発活動、あるいは災害時などではコミュニケーションをうまくとる必要が生じるが、「手つなぎ鬼」という遊びを通じて、コミュニケーションの大事さを身を持って子供たちに体感させる遊び、等々である。

 同時に、もっと身近な「防災グッズ」などの開発・普及にも、もっと本腰を入れて取り組む必要性を感じる。

今回の豪雨災害でも、一家全員に、一着ずつ、ライフジャケットが備えられていたらどうだっただろうか。着衣での泳ぎの訓練を受けていた方は、どのくらいおられただろうか、と考えてしまう。もっと身近な防災グッズを・・・・と考えていたところ、既に「ふだんはクッション、緊急時にはライフジャケットになる」という製品が商品化されていることを知った(アウトドア総合メーカーの大手企業、㈱モンベルの製品)。平時は普通に日用品として日常にまぎれていながら、緊急時には本来の機能を発揮する、これこそまさに「身近な防災グッズ」だ。

 また、防災グッズそのままでも、見た目や中身、機能面を工夫することで、いざというときに役立つ身近な感覚を取り入れることも、一案である。実は、千葉科学大学危機管理学部の学生は、小学校等の生徒が、地震などの被災時に、親がすぐかけつけてくれなくても、親と離れ離れでも、心の安心・安寧にも役立つ携帯防災避難袋を、NPOちょうしがよくなるくらぶと共に開発している。そこでは学生たちが、被災者側だけでなく、自衛隊の方など救援者側の双方にヒアリングし、その知見をとりいれたり、防災グッズが、従来どうしても「男」目線で作成・充填されていることに気づいて「女性の目線」「母親の視点」を取り入れることを提唱するなどした。そしてできあがったものが「もしものおまもり」という携帯防災避難袋である。  

  

 東日本大震災では、足が悪くて逃げられずに亡くなった高齢者もおられた。事前にリヤカーや車椅子を用意しておいたら・・近所の方もそれを認識していたら・・事前の備えの重要性は、声を大きくして強調しなければならない。

防災の日常化、身近な防災グッズのアイデアや開発を、大学としても個人としても学会としても、しっかり行なっていく必要があると思う。               (以上)

2【学会からのお知らせ】

1) 総合危機管理学会 第4回学術集会及び総会のご案内

次回第4回学術集会は、本学会理事の佐藤幸光教授(人間総合科学大学人間科学部)が大会委員長を務められる事になり、平成31年5月に実施予定となりました。詳細は追ってお知らせします。多くの学会員の参加を期待いたします。

2)学会誌「総合危機管理」編集委員会報告【進捗報告および学術論文投稿のお願い】

 3月に発行された第2巻に引き続き、現在、第3巻の編集作業を行っております、第3巻では、総合危機管理学会第3回学術集会の発表内容を中心に査読と編集を進めています。

また、学会誌「総合危機管理」では、随時学会員の皆様よりの学術論文の投稿を募集しています。ご投稿いただいた学術論文は査読手続きを得て、掲載が受理されたものより随時「総合危機管理」へと掲載いたします。投稿規定などは学会ホームページで公開しておりますのでご確認ください(http://www.simric.jp/journal/information-authors/)。皆様の論文投稿を編集委員一同お待ちしております。

3 <総合危機管理学会「コラム」>

「国際法と危機管理 -対外的危機管理法としての国際法の役割-」     千葉科学大学 危機管理学部 戸田博也

 1.対外的危機管理法としての国際法

 国際法は、大前提として、国家間の紛争を取り扱う法体系である。つまり、「国家間での些細なトラブルが危機的状況に発展することをいかにして防ぐか(リスク・マネジメント[Risk Management]【緊急事態が起こらないようにするための対応】)」、また、「紛争当事国間で武力紛争等の危機的状況に陥ってしまった場合、いかにしてダメージ・コントロールしつつ、速やかに元の安定的な状況に戻すか(クライシス・マネジメント[Crisis Management]【緊急事態が起こってしまったときの対応】)」を前提とした法構築であり、国際法は、全体として、危機管理法、すなわち、「対外的危機管理法」と称しうる。

 ここでは、対外的危機管理法としての国際法のエッセンスを分かりやすく解説してみようと思う。

2.国際法が理解されていない現状

  最近、ニュースキャスター、政府関係者、識者が、発言の中で国際法上の用語や「国際法」という言葉自体を使っている場面をよく目にする。しかし、本当に正確な知識や認識を持った上で「国際法」という言葉または国際法上の用語を使用しているかどうか、疑問を持たざるをえない場面が多々ある。例えば、国際法のさまざまな概念や用語には歴史的に脈々と議論され培われてきた解釈や定義があるにもかかわらず、都合の良い部分のみを切り取って、そのような背景とはまったく矛盾する文脈で使用する主張(集団的自衛権に関する議論など)であったり、複雑な国際社会の構造を反映する国際法のあり方を無視して国内法と同じように論じていく主張(国連が絡む場面で国連や国連憲章を信奉するような楽観的な主張など)であったり、また、国際政治の上では国際法は無視しても良いというような極端な国際法軽視の主張などさまざまである。国際法とは、いかなる歴史を持ち、いかなる社会構造を反映したものであり、いかなる形で存在し、また、国内法といかなる相違を有するものなのであろうか。

3.国際社会の現状と国際法

 米朝首脳会談【2018年6月12日】、北朝鮮危機【北朝鮮による核・ミサイル開発問題(特に2016~17年にかけての核ミサイルの実用化からくる危機(Crisis)の現実性)】、スペイン・テロ【2017年8月16日~18日の連続テロ事件(死亡者は計14名、負傷者は130人超)】、シリア内戦・シリア化学兵器廃棄問題【2017年4月6日、米国(トランプ政権)によるシリア(アサド政権)空爆(シリア・アサド政権の空軍基地を約50発の巡航ミサイルで攻撃)〔シリア・アサド政権が反体制派に空爆を行い、化学兵器を使用して多数の住民を殺害したと見られることへの措置〕】、ダッカ・レストラン襲撃人質テロ事件【2016年7月1日、死亡者28名(民間人20名のうち17名は外国人〔うち日本人7名〕、警察官2名、犯人のうち6名)】、ベルギー同時多発テロ(ブリュッセル連続テロ事件)【2016年3月22日、死亡者38名(犯人3名を含む)、負傷者198名以上】、パリ同時多発テロ【2015年11月13日、死亡者130名、負傷者300名以上】、TPP(環太平洋経済連携協定)大筋合意【2015年10月5日】、第3回国連防災世界会議(「仙台防災枠組2015‐2030」、「仙台宣言」)【2015年3月14日~18日】、イスラム教スンニー派武装集団(テロ組織)「イスラム国」(IS;Islamic State)の台頭【2014年6月29日にISの樹立宣言】、スコットランド独立問題、ウクライナ問題、エボラ出血熱の感染拡大、イランの核開発問題、チュニジアに端を発した民主化の波(アラブの春)、尖閣諸島問題、竹島問題、北方領土問題、東日本大震災・福島第1原子力発電所事故、南スーダンの独立、パレスチナの国連加盟申請問題、米軍によるビンラディン殺害、北極海航路への注視、東シナ海ガス田に関する日中間の共同開発問題、ソマリア沖・ペルシャ湾岸・東南アジア海域での現代版海賊問題、地球環境問題、アフガニスタン復興支援、新型インフルエンザへの対処、ロシアによるグルジアへの軍事侵攻、チベット人民に対する中国政府の武力抑圧、コソボ独立問題、ミャンマー軍事政権によるデモ隊(人民)への銃撃事件、北朝鮮による拉致問題、英国における航空機爆破テロ計画【未然に阻止】、ロンドン・テロ、米国同時多発テロ、国連改革(安保理改革)、イラク戦争、IAEA(国際原子力機関)による核査察、NATO軍のユーゴ空爆(コソボ紛争)、不審船問題、亡命問題、世界遺産の保護など、現在、国際的側面にさまざまな問題が生じている。国際法は「正当性」(正義)という観点からこのような問題を解決するための有効な枠組であり、国際法は国際社会において「正しいあり方を示す者(国)」に「正当性」(正義)〔違法行為を行う国家がひるむ要素〕を付与する役割・目的を有している。また、国際法は、今日、特に、条約(国際慣習法を明文化・明確化する条約も多い)という形式で多くの生成・発展・明確化がみられ、国際連合憲章(国連憲章)、条約法に関するウィーン条約(条約法条約)、国連海洋法条約、国際人権規約、国際刑事裁判所規程、外交関係に関するウィーン条約(外交関係条約)、領事関係に関するウィーン条約(領事関係条約)、難民の地位に関する条約(難民条約)などがその代表例である。

  「国際法」は、「国際私法」と区別するために「国際公法」と言われる場合もあるが、「国際法」という言い方が一般的である。

4.国際法の歴史と国際社会の構造

  私たちは国籍を「絆(きずな)」(つながりを示すもの)として190余りの主権国家のいずれかに属しているが、国際社会はそれらの国や国民から構成されている。近代国際社会の成立は、宗教戦争(三十年戦争)を終了させたウェストファリア講和会議(1648年)からと一般には考えられている。このころ、中世以来の宗教的権威(ローマ教皇)を排し自立性を主張して登場した多数の国家(統一的な民族国家や政治的単位)の間のルールとして近代国際法(伝統的国際法・古典的国際法)が生まれた。「国際法の英雄時代」と称されるこの時代に輩出したオランダのグロティウス(国際法の父)を始め多くの学者は、欧州の新しい政治構造の中に一定の秩序をもたらす法を体系化し提唱した。西欧キリスト教社会に起源をもつ国際法体系は次第に他の文化圏(トルコ、中国、日本など)に適用範囲を広げ、主にそれぞれ主権国家の自己利益の調整や紛争処理のための規範として発達した。日本は、1854年に日米・日英・日露和親条約を締結し、1855年フランス、オランダとの間に条約を締結し、鎖国を脱して国際社会に仲間入りした。

  19世紀後半以降、以下の面で国際法はさらなる発展をみせた。一つには、諸国間での資本や人の移動の活発化、科学技術の発達などを背景として、国家間でお互いの利益のために特定の共通利益を設定し、それに基づいて国家の活動を規律する必要性が生じてきたことである。また、民族紛争や人権保障などといった、本来それぞれの国家の国内で問題とされていたことが、国際共同体全体で取り組むべき関心事項となってきた。そのような規範は、次第に特定の利害関係国が協力して立ち向かうべき義務を有するものとして設定されるようになった。もう一つには、特に20世紀に入ってから、多数の常設的な国際機関の設立に伴い、従来の国家という主体に加え、国際機関や個人も国際法の主体としてみとめられるようになったことである。こうして国際法は、その法主体や取り扱う内容について、国家のみが国際法の主体となっていた時代とは異なる発展を現在も続けている。

5.条約と国際慣習法

  国際法は主として、「条約」と「国際慣習法」という形式で存在する(つまり、国際法とは何ですか?と聞かれた際には、「条約と国際慣習法のことです」と即座に返答できなければ、国際法を学んだ者とは言えない)。条約とは、国家間、国家と国際機関の間または国際機関相互間で締結され、国際法によって規律される国際的合意であって、通常は文書によってなされる。また、国際慣習法とは、各国家の行う国際慣行(一般慣行)が一般的に国際社会の構成員によって承認され(法的信念)、法としての効力をもつようになったものである。

  国際法は基本的に諸国家間の合意を基礎とした法(合意規範)であるため、各主権国家の自国利益優先の姿勢からくる限界がある。また、国際社会のなかで国家より上位する権力機関が存在しないため、「法の支配」が確立されにくいという限界を持ち合わせている。その意味で、全人類に共通する利益(国際共同体の一般利益)を国際法として成立させることはなかなか容易ではない。しかし、国際連合などの国際機関が中心となって、条約や国際慣習法の成立と即座には結びつかない決議や宣言などがさまざまな分野で採択され、既存の国際法ではカバーしきれない諸問題に対して、一定の対処を行おうという試みがなされている。

6.国際法における主体(アクター)

  法規範(法的ルール)によって直接的に権利義務を関係づけられる地位にあるものを法主体という。法主体は法的な権利義務の帰属者あるいは法規範の名宛人(なあてにん)である。国内法の場合には法主体は国家機関と人(自然人・法人)である。国際法の場合には、主権国家が主要な法主体であるが、そのほかに一定の範囲で国際機構や個人を含むとするのが一般的な見解である。国際法主体とは国際法上の権利義務の直接の帰属者のことであり、国際法上の権利能力(法律行為能力、違法行為責任能力、訴訟能力など)の有無が国際法主体かどうかの認定基準となる。

  現代では、国家のみが唯一の国際法主体であるとする考えは適切ではない。国際連合機構だけでなく、さまざまな機能を担った各種の公的国際機構、それからEU(欧州連合)のような地域的国際機構が、今や明確に国際法主体として認められる。また、国際機構(国際組織)ほど明確ではないが、従来は国家の中に包摂されていた個人(自然人)や企業の主体性も次第に認められつつある。ただし、「国際機構」や「個人・企業」が国際法主体であるといっても、「国家」と同じ意味で法主体であるというわけではない。国際法主体には、国家のように、一切の権利義務が包括的かつ無制限に帰属する生得的(一般的)主体(つまり、生まれながらにして自由にさまざまな行為を行うことができる万能の主体)と、「国際機構」や「個人・企業」のように、諸国家の意思に基づいて国際法上の権利能力を取得し、特定分野に限定された部分的な権利・義務が帰属する派生的(特定的)主体がある。

  現代の国際社会では、交通、通信、技術の発達と経済の拡大による相互依存関係の増大から、異なる国民の間での交流が盛んに行われ、国境を越えた社会(transnational society)という枠組みが形成されている。すなわち、国際社会は多数の主権国家を構成員とする構造をもっているだけではなく、それと異なる次元で「人類社会」と呼ぶべき枠組みをも発展させている。世界的システムにおける主体(アクター)としては、もはや国家のみでなく、政府間組織(IGO)と非政府(民間)団体(NGO)からなる多数の国際組織や多国籍企業(超国家企業)などの活躍も顕著な現代の傾向として、しばしば強調されている。このような主体の多元化という傾向はまた、PLO(パレスチナ解放機構)の存在が国際的に認知されていることや、EUの国際的影響力の増大、個人の国際的交流の広がりといった国際社会における行動主体の多元化にも現れている。確かに、国際的なパワー・プロセスを直視すべき国際法や国際関係の分析にとってこのような視点は重要であり、それぞれのアクターの地位・役割に正当な評価を与えるべきことは認められる。しかしながら、現在のように国家が主要な法的権限を保持している限り、国家が国際法上の最も重要な主体である。この点は、いかなるアクターがいかなる役割を演じるとしても、大前提として認識しておく必要がある。

7.国際法における紛争解決の特徴【リスクマネジメントとしての枠組み】

  現代国際社会において、諸国間の政治的、経済的その他のさまざまな利害の衝突、対立によって生じる紛争を国際紛争という。国際紛争が発生した場合、通常は権利を侵害された国家が加害国に外交的抗議を行う。もし対立が続けば、「交渉」をはじめとする各種の平和的解決手段に頼ることになる。しかし、これらの解決手段が有効に働かない場合には、強制力を用いる強力的解決手段として、対抗措置(復仇)〔相手国の違法行為に対して違法行為で仕返すこと〕や報復〔相手国の「合法ではあるが不当な行為」に対して「合法ではあるが不当な行為」で仕返すこと〕【この両者は、通例、日常の用語で「経済制裁」と称される手段をメインとする非軍事的措置を指す】といった被害国自らの力による救済がなされることになる。また、今日では、戦争や武力行使は違法化されているが、軍事的対処が可能な場合としては「国際連合による軍事的措置」と「個々の国家による自衛権行使としての武力行使(武力に基づく対応)」が武力不行使原則の例外として許容されている。

  国際紛争の平和的解決方法には、当事者間でなされる「交渉」、第三者が仲立ちを行う「周旋(しゅうせん)」、第三者が間に入りさらに内容にも立ち入る「仲介(居中調停)」、紛争の事実問題を解明する「国際審査」、事実問題の解明のみならず調停案(解決案)の提示まで行う「国際調停」、国際組織による紛争解決、国際裁判(仲裁裁判、司法裁判)など、さまざまなものがある。ここで注意が必要なのは、国内法の場合と異なり、国際裁判は紛争の一方の当事者から一方的に行うことはできず、紛争当事者間で合意が成立した場合にのみ国際裁判は実現する(つまり、「合意なければ裁判なし」を原則とする)。したがって、通常最も頻繁に利用される紛争解決手段は「交渉」であり、「交渉」による解決には紛争当事者間の「力」関係(軍事力や経済力等)が露骨に影響しやすいという危うさがある。つまり、力の弱い国(小国)は力の強い国(大国)の主張に筋が通っていなくても(正しくなくても)従わざるをえない状況が生まれやすくなり、「正当性」という観点からの秩序が崩壊する恐れがある。このような面から国際法の役割を考えるならば、「裁判」で使用する法(裁判規範)としてよりも、個別国家同士が「交渉」を行う際に「正当性」を基軸として話し合いを進めるための参照基準としての法(行為規範)としての充実・発展が国際法には特に求められている。

  国際裁判と他の手段には大きな相違がある。国際裁判は、国際法を適用して国際紛争を解決し、その判決が当事国を法的に拘束する点で、国際調停や仲介などの他の平和的解決手段と異なる。

  国際裁判には仲裁裁判と司法裁判(司法的解決)がある。仲裁裁判は、特定の紛争ごとに当事国間に特別な仲裁契約が結ばれ、裁判の構成や手続等が設定される。1899年の第1回ハーグ平和会議で設立された常設仲裁裁判所では、事前に裁判官名簿を常設して法廷の設置を容易にする工夫がなされた(つまり、常設仲裁裁判所とは、裁判官名簿のみが常設されるのみで、常設の裁判所があるわけではない)。一定の裁判官で構成される常設的な裁判所による司法裁判は、国際連盟のもとで1921年に創設された常設国際司法裁判所(PCIJ)により実現され、国際連合のもとに創設された国際司法裁判所(ICJ)に引き継がれている。

  国際紛争の解決で最近注目を集めているのは国際組織(特に国連の諸機関)による紛争解決である。それには、国連の安全保障理事会(安保理)・総会・事務総長による解決、各種の地域的機関、専門機関による解決の方法がある。このなかで特に重要視されているのは、安保理の役割である。国際連合憲章において、安保理は国際の平和及び安全の維持に関して主要な責任を負い、紛争当事国に対して解決の要請や解決方法の勧告など、事態の調整や平和的解決にあたる義務がある。また、安保理は紛争に強力的解決を図る決定ができ、経済制裁などの非軍事的措置と、いわゆる「国連軍」と呼ばれる軍隊を編成して軍事的措置をとることができる。

8.国家を管理するための警察力【クライシスマネジメントとしての枠組み】

上記の国連軍(「本来の国連軍」と称されるもの)は、国連憲章上予定された「正規の国連軍」であり、事前に締結された「加盟国と安保理との間の特別協定」に基づき加盟国によって提供される兵力(軍事力)を結集したもので、国連の軍事参謀委員会の指揮・命令の下に活動を行う、いわば「問題行動を起こした国家を管理するための警察力」を提供するための組織である。ただし、この「正規の国連軍」は現在に至るまで一度も編成されたことがない。理由は、自国兵力を国連に義務的に提供し国連の指揮・命令下で活動することになることをいずれの加盟国も嫌がり、現在に至るまで「特別協定」を締結した加盟国は一国もないからである。

 そこで、現在では、変則的な形での警察力の行使の仕方として「武力行使容認決議(安保理決議)に基づく多国籍軍」による強制が主流となっている。これは1991年の湾岸戦争(安保理決議678〔1990年〕)以降定着してきた方式であるが、安保理が決議(安保理の意思決定文書)で設定する目的にかなった武力行使を行う加盟国の行動は正当(合法)なものとみなすとするものである。この多国籍軍が正規の国連軍と大きく異なる点は、国連の指揮・命令下ではなく、自国の判断に基づいて武力行使を行う点である。加盟国からすれば受け入れ易い方式であるが、安保理の目的にかなった行動であると言いながら目的に反する行動を行う加盟国も出てくる危険性があり、正規の国連軍からすると、かなり不安定な手法である。しかし、少なくとも「問題行動を起こした国家を管理するための警察力」を提供できるようになったという点は、積極的に評価すべきである。なぜなら、湾岸戦争以降、武力行使容認決議は頻繁に出されており、ほとんど警察力の提供が行えなかった湾岸戦争以前と比べると、安保理の目的にかなった秩序維持、すなわち、国際社会の民主的決定(安保理の構成国である15カ国のうち非常任理事国10カ国は全加盟国の中から2年任期で選出される代表国)に一定程度従った秩序維持の機能が稼動しているという点で国際社会における「法の支配」は前進していると捉えうるからである。

9.自衛権の意義【クライシスマネジメントとしての枠組み】

 国際社会における秩序維持という点で一歩前進した現在においても、必ず出てくる問題として、安保理の機能麻痺、すなわち「拒否権」の問題がある。国際の平和と安全の維持に主要な責任を担う安保理の構成国は、5の常任理事国(中国、フランス、ロシア、イギリス、アメリカ)と10の非常任理事国の合計15カ国となっており、重要事項の決定には、5の常任理事国の同意を含む9理事国の賛成が必要となる。すなわち、重要事項の決定の際には、5つの常任理事国のうち1つでも反対の国があれば、9理事国の賛成があったとしても、安保理の意思決定が成立しない。国連憲章に基づく法的手続を途中で一方的に妨害する制度というのが「拒否権」の実態である。法的には、はなはだ問題のある権利といえる。拒否権は、国連を実効的なものとするためには主要な責任を担うべき5つの大国を国連に参加させる必要があり、そのために認められた特権的制度であるが、この拒否権が安保理を機能麻痺させ、国連を無力化してきたものとも言える。

 しかし、拒否権に問題があるとしても、現在の国連憲章上、5常任理事国は拒否権発動可能であり、冷戦構造下ほど頻繁ではないにしても、依然として、拒否権は行使されており、これからも行使される可能性は多分にある。したがって、拒否権が発動された場合、湾岸戦争以降の国連による変則的な形での警察力の行使すらありえないのであり、他国による違法な軍事侵攻や武力攻撃が行われる際に、頼れるのは自国の実力ならびに関係国の支援のみということになる。いわゆる「自衛権」である。

 ある想定事例で説明すると、例えば中国が尖閣諸島に軍事侵攻し居座った場合、中国は安保理の常任理事国なので、安保理は拒否権の行使により機能麻痺する。つまり、国連による変則的な形での警察力の行使の可能性はゼロである。尖閣諸島の領有に国際法上の正当性を有する日本からすれば、中国の居座りは違法状態の継続となり、この違法状態を正しい状態にするには、日本の個別的自衛権に基づく武力行使しかないとすることが基本となる筋道である。つまり、主権国家(日本)は、法的に正しい状態を実現するためには(法的正義の実現のためには)、違法な武力攻撃および違法状態の継続を排撃するための武力(自衛力)を有さなければならないという現実がある。このような武力(自衛力)を有さないということは、単に領域の一部を失うというのみではなく、法的に正しくない状態を安易に認めてしまう「法の支配」を後退させる国家という烙印を他の諸国から押されることとなり、国家としての信用さらには威厳を著しく失うことにもなりうる。

 もちろん、集団的自衛権の議論を排除するつもりはない。ただ、集団的自衛権の本質は、小国が自国だけでは防衛できないので、関係を有する大国に守ってもらうという部分にある。GDP No.3の経済規模を誇る日本が、自国防衛できないので守ってもらうというのは、怠慢とみなすしかない。高度経済成長期以前であればいざ知らず、現時点において、日本がアメリカから守ってもらうのみの片務条約はそもそも破綻している。自国のみでも防衛はできるが、より一層強固な安全・安心の状況を得るためにアメリカと共同防衛条約(日米はお互いに集団的自衛権を行使する設定の共同防衛条約)を結ぶという議論は、国民的議論として展開して行く必要があるが、その際のメリット(より強力な安全保障体制の整備等)とデメリット(アメリカと共同行動を行うことによって日本・日本人に生じるテロのリスク、武力攻撃を受けるリスク等)は共同防衛条約を志向する日本政府によって正確に国民の前に提示される必要がある。いずれにしても、日米間で設定すべき集団的自衛権の議論は、自国防衛を自国で確実に行うという前提から出発する議論であり、その上でアメリカとの関係をより密にするか、それとも距離を置いて行くかは、国民的判断を仰ぐレベルの最重要の案件といえる。

10.北朝鮮危機【クライシスマネジメントとしての枠組み】

 2018年6月12日、歴史的と称される米朝首脳会談が実現したが、この米朝首脳会談のみをもって「さあ、どう評価するか?」といわれても、「いかなる評価も下しようがない」というのが、およそ冷静な分析であろう。ということは、今後、「日本がどう関わるのか」、「韓国がどう関わるのか」、「中国、ロシアは?」、そして「米国は?」というように、今後、北朝鮮との「対話」により何を引き出すのかによって、今回の米朝首脳会談は一連のものとして評価すべきものといえる。ただし、言葉による「対話」の道を開いたことは、トランプ大統領の最大の功績といえよう。しかし、それも金正恩の胸三寸でいつでも崩壊に向かう可能性「大」であり、再度、暴力(核ミサイル)による「対話」へと後戻りすることも容易にありうる状況といえる。

 このような依然として不安定な状況下で、北朝鮮が核兵器を簡単には手放さないであろうという誰もがまずもって容易に理解しうる危機的状況に直面し続けているのが今の日本の現状である。

 このような依然として緊迫した状況下にあると見るべき北朝鮮危機に対する対処(危機管理)としては、以下のようなものが挙げられる。

(1)日本のミサイル防衛システム(MD)の強化

(2)敵基地攻撃(反撃)能力(北朝鮮の基地を攻撃する能力)の保有

(3)核抑止力の保有(つまり、日本が核兵器を保有するということ)

(3)弾道ミサイル攻撃に対する避難訓練

(4)経済制裁の強化

(5)対話(外交交渉)

 主権国家の生存は常に徹底した国際社会のリアリズム(万人の万人に対する闘争)の中で考えることが不可欠であり、国際法とは主権国家の生存を基軸にした法体系である。主権国家の生存のためには、(1)~(5)いずれのオプションも安易に、楽観的にまたは感情的に排除すべきではない。主権国家としての日本の役割は保護法益を守ることであり、最大の保護法益は国民の命である。日本は、すべてのオプションを有効にかつ重層的に活用し、国民の命を最大限守ることのできる危機管理体制を早急に構築すべきである。

<筆者紹介>

【現在】千葉科学大学 危機管理学部 危機管理システム学科 准教授

【最終学歴】慶應義塾大学大学院 法学研究科 公法学専攻 博士課程 単位取得満期退学

【専門分野】国際法学、安全保障、国際連合、経済制裁

4 【総合危機管理学会 第3回 学術集会 報告】

<大会テーマ:経済社会の技術革新と危機管理>

大会テーマに係わる、坂本尚史 大会委員長のメッセージは以下のとおりである。

 ICT技術をはじめとする近年の技術革新はめざましいものが有り、それは理工系分野だけではなく,これまでは無縁と言えるような多くの分野に広がっている。例えば、経済分野においては、Fintechの発展とともに、インターネットバンキングの普及や仮想通貨の発行などが話題となっている。特に、仮想通貨に関しては1,000種類を超える多くの“通貨”が流通していると言われている。仮想通貨は規制されていないデジタル通貨の一種で有り、仮想交換業者(取引所)を通じて取引が行われ、投機の対象ともなっている。一方で、セキュリティー上の問題点が指摘され、不正な取引による事件も起きている。さらに、セキュリティーのみならず急激な価格変動、税制など多くのリスクや問題点も指摘され、今後は様々な法的規制も導入されてくるものと思われる。

第3回学術集会では、大会テーマとして経済分野に代表される技術革新のそれに伴う危機管理・リスク管理上の問題点に焦点を当てて話題提供を行い、会員の皆様からのご意見を伺う場とすることとした。

<プログラム内容 報告>

【Ⅰ】特別講演『仮想通貨が法定通貨となる日』より    報告者:常務委員 城戸口 親史

 倉敷芸術科学大学の 権 純珍 先生より仮想通貨について講演がありました。仮想通貨というと、ビットコインという名前が思い浮かび、多くの人が知る名前になり、仮想通貨の代名詞のように語られているのではないでしょうか。今回のテーマは、仮想通貨という時代に即した興味深い内容でした。権先生の講演では、『「法定通貨」「仮想通貨」「デジタル通貨」とは何か?』から定義づけて話を進めてくださり、総合危機管理学会に参加する様々な分野の参加者にわかりやすく講演していただきました。
法定通貨というと、日本円や米ドルなど普段使用することができ、実際に目にして触ることのできるものといえます。また、電子マネーといった最近では財布代わりに使用できる便利な時代になった今日、デジタル通貨として位置づけられていることが分かりました。以前は当たり前のように使用していたテレフォンカードはプリペイドカードであり、発行元の企業などで使用できるデジタル通貨であるとことでした。また、ポイントカードもその一つです。さらに、インターネットで買い物し、クレジットカードで決済することもデジタル通貨を使用していることになります。そう捉えると、デジタル通貨は、私たちの身近にあるといえます。しかし、仮想通貨が大暴落して大損害を受けたと聞くと、未知のものと捉えてしまいます。
 一方で、キャッシュレス決済比率が日本19.8%(2016年)に対して、韓国96.4%、英国68.7%、中国60%といわれており、日本では現金志向が強いことが示されました。世界各国の中央銀行で現在の紙幣・貨幣を廃止しデジタル通貨発行を検討している国の中に日本も含まれており、仮想通貨は法定通貨にまでは成長していないが、今後は公的なデジタル通貨を検討していることを知る機会となりました。さらに、仮想通貨を法定通貨と同等とみなしている国もあるとのことです。
いま金融の世界では、大きな変革期にきています。私たちは、未知のものを怖く感じることが多くあります。様々な情報が飛び交う時代だからこそ、私たちには次に起きる変化に備え、高い情報リテラシーが求められると改めて考える機会を権先生に与えていただきました。

【2】ポスター発表の内容について            報告者:常務委員 加瀬ちひろ

 総合危機管理学会第3回学術集会では3題のポスター発表が行われた。まず、千葉科学大学危機管理学部安藤生大教授からは「千葉科学大学危機管理学部における再生可能エネルギー教育のカリキュラム検討」というタイトルで、危機管理学部環境危機管理学科に2017年4月より設置された「風力発電コース」の教育カリキュラムの検討について発表があった。クリーンで安全な電力として風力発電の導入が推進されおり、今後はメンテナンス・エンジニアの大幅な増員が必要と予測されている。「風力発電コース」では、日本初のこころみとして風力発電のメンテナンス・エンジニアの養成を行っているが、非常に広範囲な学問領域についての総合的な知識と理解が必要となるため、新たなカリキュラムを創設する必要があるとのことだった。本発表では、風力発電のメンテナンス・エンジニアに求められる電気工学の知識を短期間で効率的に学ぶため、「電気主任技術者第3種」の資格取得を目指したカリキュラム編成を行った過程について報告がなされた。風力発電のメンテナンス・エンジニアのように、これからの社会で新しく求められる人材の育成を大学教育の4年間に落とし込むことの難しさが伺え、このようなカリキュラム編成は関連団体との意見交換等を通じて推敲されてゆくものなのだと感じた。急な都合により発表者の方が欠席されたので質問ができなかったが、電気主任技術者第3種を取得することで求められる人材に必要な知識のどれくらいの割合を身につけることができるのか、教えていただきたかった。
 学校法人ヤマザキ学園ヤマザキ学園大学本田三緒子准教授からは、「アウトドアのジビエ料理における食の安全」について発表がなされた。農林水産省では野生動物による被害対策の一環として獣肉の利活用に力を入れている。近年では徐々にジビエ消費が増加しているが、野生鳥獣由来の食肉からは様々なウイルスや細菌類、寄生虫が検出されており、厚生労働省では衛生ガイドライン(2014)にて安全な調理法について示している。一方で、アウトドアレジャーのキャンプでは中心部がレアな状態のロースト肉料理が好まれており、このような場面でのジビエ料理は食中毒や感染症事故の発生が危惧されるとのことだった。本発表では、シカ75頭を用いてウイルス・細菌・寄生虫検査を行い、住肉胞子虫(サルコシステス属寄生虫)陽性率が77%であったことや、保蔵・加熱・冷蔵・冷凍・塩蔵処理による死滅条件について検討がなされていた。その結果、冷凍保存により死滅する事が明らかになったが、やはりシカ肉を消費する際には衛生ガイドラインが推奨する70℃/1分以上の加熱(中心部まで)をモニターして調理すべきであると結論づけていた。私自身も野外BBQでイノシシやシカ肉を食べることがしばしばある。事前に調味液に浸けた肉を焼くと、中心部まで火が通っているのか視覚的に判断が難しく、野外での調理は火加減の調整がなかなか上手くできないこともある。ジビエ推進には様々な課題がのしかかっているが、「獣肉を食べた事がある」から「たまには獣肉を食べたいな」につなげるために、まずは安全に食べる方法を一般の方にも広く周知する必要性を痛感した。
 千葉科学大学危機管理学部黒木尚長教授からは「入浴事故の危機管理:なぜ、入浴事故が起こっているのか」について発表がなされた。これまで実態が明らかでなかった入浴事故について、1000人を対象としたアンケート調査と大阪市内で発生した浴槽内事故(2011〜2015年)の疫学調査により原因を考察しており、原因の大半は熱中症であることが支持されたとのことだった。入浴事故の原因として代表的なものに、急激な温度変化によるヒートショックが知られており、入浴事故の予防法には、脱衣所と浴室の温度差をなくすことがあげられている。しかし今回の研究では熱中症が主な原因と考えられることから、部屋の温度差を低減するよりも湯温と入浴時間に気をつけることが第一であるということだった。また、熱中症は年齢や性別に関わらず、すべての人に起こりうる症状であり、熱い湯に長くつかることは死に至る可能性があることに留意すべきだ、と結論づけられていた。今回の発表は従来の説を覆す内容であることと共に、身近な事故でありながら今までメカニズムが明らかにされていなかったことに大変驚いた。日本人にとって入浴は毎日の習慣であり、血液の巡りを良くする健康法としての認識も持たれている行為であると思う。しかし、そこには死に至るリスクが潜んでおり、特に子供や高齢者にとってはリスクが高まる。動物には「馴れ」という学習能力があるが、身に危険が及ばなければ馴れる、という学習は効率的である一方、日常生活に潜むリスクに対して鈍感になる原因のひとつなのではないかと感じた。目に見えないものを意識しつづけることは簡単ではないが、リスクを考える習慣を持つことの重要性を再認識した。
 今回の発表はいずれも全く異なる分野の内容であったが、分野違いの者であっても分かりやすく解説されており、総合危機管理学会ならではのポスターセッションであったと感じる。今後はさらに多様な分野での発表が増え、異分野からの刺激に溢れるセッションになることを期待する。

【3】テーマセッション「経済社会の技術革新と危機管理」講演及び討議の概要        報告者:常務委員長 木村 栄宏

このセッションでは、まず、粕川正光先生から「経済技術に対する信頼と受容~心理学の立場より~」と題された約30分ほどの話題提供がなされた。
そこでは、Fintechという新しい技術に基づくサービスはいずれも非常に利便性の高いものであっても、一般市民にとっては不安を感じるものも少なくないことから、その背景にある人間のリスク認知や信頼感構築に関する心理学的なトピックスが紹介され、我々の経済技術に対する受容、という観点か、らわかりやすい解説と意見が示された。
 まず、Slovicによるリスク認知の2因子(恐ろしさと未知性)モデルのメカニズムが紹介され、感情的な印象がリスク認知に非常に影響を与えること、価値観の共有が信頼性に強く影響することが示された。また、未知性因子(知らない)の中にも、新技術があっても知らないのと、新技術が自分のニーズに合致していなくて関連が無いので知らないケースがあること、信頼の構築要因は「能力」と「動機付け」があり、技術に対する信頼は、同じ価値観を共有するかに影響されることが指摘された。3.11後に、そうした信頼と認知に関して行なわれた研究が紹介され、原発事故を起こした東京電力は、市民と価値観を共有していないので人々は信頼していないこと、一方、JR東日本は価値教育によって、価値観が共有されているか確信できていなくても能力や動機付けがあれば十分信頼が伝わる、という事例が示された。これらをFintechとそれに対する心理という点から見れば、市民の日常生活に関連性が低い技術に対してはなかなか信頼感が持てず、否定的な印象をもたらすことが指摘され、Fintechや仮想通貨などについてはまだまだ市民に価値観の共有がなされていない状況にあるのでは、と私も感じた。その状況から、Fintechや新技術は、市民の各自の生活の利便性とどう結びつくのかの説明が今後の普及には必要なことが提言される一方、もちろん、技術によって危機管理に係わるものなど)は、市民の信頼が無くても強引に進めなければならないものもあるわけであり、全てにおいて信頼を得ることガ必要なわけではないことも指摘された。技術がブラックボックスになっている場合、人間は本能的に不安を持ちやすいこと、そしてその不安を解消するために行なわれる技術的な説明が信頼を高めることにはならず、むしろ感情・心理的な面に配慮しなければならないという話には私も思わず納得した。
 最後に、午前中のkey note speechの権 純珍先生による「仮想通貨が法定通貨となる日」について言及され、通貨の管理主体への信頼か新技術への信頼か、そして仮想通貨は管理主体が無いというメリットがある一方、管理主体がいないこと自体が人々に何を信頼すれば良いのかという不安を与えてしまう、という両犠牲を持つことへの問題が提起された。更に、仮想通貨はそもそも消費者のためにものか?という疑問も提示された。“
 続いて権先生や会場の参加者、そして司会者(木村)を交えた自由なトークセッションが行なわれた。
 まず、司会者より会場に向かって、Fintechや仮想通貨について心理的にどう思うかという投げかけがあり、「よく知っている・怖い」、「よく知っている・怖くない」、「よく知らない(よくわからない)・怖い」、「よく知らない(よくわからない)・怖くない」、の4つのうち、自分はどれに近いか挙手を求めたところ、「よく知らない(よくわからない)・怖い」が圧倒的に多かった。日本人のゼロリスク思考の強さやリスク認知のひとつの現われともいえるものであった。
 次いで、“権先生の講演では、「仮想通貨は安全である」ということだったが、確かにブロックチェーン技術は安全であっても政府の介入を排除しており、安全かもしれないが信頼も出来ないのではないか”、という粕川先生の意見に対し、仮想通貨の場合、そもそもP to Pであり、これは仲介者がいない状況であり、相手を信頼することからP to Pが成り立っているわけで、そこには元々「信頼」があることが指摘された。信頼が無ければ成り立たない技術であり通貨である、という指摘だった。
 権先生の基調講演では、「仮想通貨は、通貨であり、いずれ法定通貨になる」という内容であるが、仮想通貨は通貨といえるのか、仮想通貨の危険性、仮想通貨自体は中央集権国家をなくす方向にたつものであることなどや、仮想通貨は投資家利用するものかの視点の違いがあること、国家の介入を排除することに関連し、まだ仮想通貨に関して、仮想通貨は国家を巻きこまず独自に進化していくものだが規模が小さく、国家が介入する段階にもないこと、それに対しては、マネーロンダリングが必要になる仮想通貨の危険性を鑑みれば、国家の関わりや存在は必須であるなどの意見が出た。また、リスクにはリスクをとるか避けるか充実させるかの3通りがあるが日本人はどれか、そもそも「技術革新」か「新技術一般」か「Fintech」に限っているのかというこの討議の前提となる定義が不明確ではないか、Fintechとシェアリングエコノミーについて、国家に対する不信感と富裕層とそれ以外の層との2極化の世界の流れの中でどう考えるべきか、ECの時と同様、現在は法的な規定が追いついていないという指摘、日本人のメンタリティとの関連など、多彩な問題提起や意見や指摘が活発になされ、あっという間の1時間であった。
 全体に、「経済社会の技術革新と危機管理」というテーマセッション名ではあったが、午前中の権先生の講演及び粕川先生の講演を元に、Fintechや仮想通貨に限定された議論になった感があるものの、極めて多彩・多様・示唆に富む内容と議論であったと思われる。今回の学会の統一テーマに合わせて、今回の議論を元に、更なる論点の明確化と進化がこの学会でなされていくことが大いに期待される。          

【4-1】一般講演について1      報告者:常務委員 佐藤 庫八

1 伊永隆史ら「自治体エリア放送の防災・危機管理機能と地域活性化」
  緊急事態に国民に情報を知らせ、避難を促すのが「全国瞬時警報システム(Jアラート)」である。Jアラートが発信されると、市町村の防災行政無線が自動的に起動し、屋外スピーカー等から警報が流れるほか、携帯電話にエリアメール・緊急速報メールなどが配信される。ところが、重大な危機が発生した直後、自治体が住民の生命財産を守るために行う警報や避難命令などを配信する「防災行政無線」が全国で機能不全に陥っていることがわかった。
 このため、防災行政無線による市町村の住民に対するリスクコミュニケーション機能を補強する目的で、直接各家庭のTVの地デジチャンネルに映像、音声、データ放送を送り込める「エリア放送」は地方自治体における防災・危機管理に欠かせない先進ツールとなりつつある。
 以下、発表者は東京ワンセグ放送の取締役会長であり、一部企業のPRになるかも知れないがとことわりを述べられ、エリア放送による防災・危機管理の機能、及び地域活性化の一例について発表があった。
 総務省の免許を受けてエリア放送を担当する放送局は、全国38社(平成29年11月現在)である。しかし、実際営業を開始しているのは東京ワンセグ放送のみである。
 同社が関わっている茨城県行方市の取り組みが紹介された。同市は、総務省から平成29年10月放送許可を受け、テスト放送から一部で本格放送へと移行している。
現在、伝送路の整備等の遅れもあるが、同市全域で視聴可能になることを目指して整備を進めているとのことであった。

2 佐藤和彦「危機感理学の知見を統合した企業評価論」の新しいフレームの構築」
  企業は、無期限に事業活動を継続することを前提に存在している。「事業を継続できる企業」の判断は、財務指標から基準変数を作成して行うが、企業活動に致命的な影響を与え得る自然災害等のリスクを企業評価に反映させる理論フレームを用いた研究はこれまで皆無であった。
 発表者は、危機管理学の知見を統合した企業評価論の新しいフレームの構築に向け、その意義と問題意識を整理し、今後の研究課題を明らかにすることを狙いとしていた。
 検討の前提として、現在企業が直面する多様化・複雑化したリスクを次のように述べている。サイバーリスクやテロ・紛争、そして大規模自然災害等、21世紀の企業は活動領域の拡大に伴い、リスクの多様化・複雑化に直面しており、ひとたびリスクが顕在化すると企業経営に甚大な影響を与える。甚大な被害を受けた事例は枚挙にいとまがないとしている。
 このような状況の中、発表者は、21世紀を生きる現在の企業は、多様化・複雑化するリスクに直面しているため、予測困難なインシデントへの発生対処能力としての”頑健性”を企業評価基準に加える必要があると訴える。
 頑健性は、インシデントの発生という超短期の時間軸を持ち、さらにBCPやBCMS等、これまでの企業評価論では考慮されてこなかった危機管理活動の経営的意義を、財務成果・社会性とともに一体・同時に評価することが可能となるという。
 最後に、今後の研究課題として、理論体系の精緻化、それに基づく実証研究、企業から組織一般への適用可能性を明らかにすることだと強調した。

3 中村伊知郎「最近の在留資格審査と国益に関する考察」
 外国人が中長期で日本に滞在するには、短期滞在以外の在留資格(いわゆるビザ)を取得する必要がある。日本では、その審査は法務省入国審査局が行っている。
 外国人に対する審査の原則はどの国でも同じで、その国に技術や知識、経済的利益をもたらしてくれるなど、国益に沿う人を受け入れている。他方、犯罪者、公共の負担となる者、国民の雇用を奪う者などの入国は排除している。
 発表者は、最近の在留資格審査の運用事例を踏まえ、現在の在留資格審査が国益をかなり軽視しているのではないかと指摘し、そのことによる負担が次世代に転嫁される危険性について研究している。
 発表者は、留学、技術・人文知識・国際業務、経営管理、介護、日本人の配偶者及び離婚の6つの入国目的に区分して、その在留資格許可基準の下限が実質的に引き下げられている現状を述べ、それぞれの課題を言及した。
 その中で留学生の実態については、基礎学力のない外国人が就労目的で入国している。いわゆるFラン大学の中には、学生のほとんどが留学生という大学も存在している。そして、それらの大学にも税金から補助金が投入されている。
 また、これの卒業生は、日本の大学を出たというだけで、就労ビザ審査での専門性要件が緩和され、通訳目的で採用される販売職など実質的に単純労働に従事している者も少なくないことが紹介された。
 その他、介護については、介護福祉士の資格を得た留学生が、介護現場で8年間働けば永住権を獲得できる。そして、その外国人が日本人と結婚した場合、将来30年後には日本国内で介護をうける側に回る可能性についても指摘があった

【4-2】一般講演について2      報告者:常務委員 嶋村 宗正

4 黒木尚長「教育の危機管理:古いようで新しい学習法「できた!できる、できる。」学習法の発見」
 人間の記憶は1日後に74%忘れ、1ヶ月後には21%しか残っていないことに着目し、学習1日後、2日後に反復して問題を繰り返すことで記憶を高める学習法を「できた!できる、できる。」と名づけた。国家試験対応のように短期間に重要な事柄を記憶しなければならないケースで実践し、効果が確かめられたと報告された。講義、アクティブラーニングなどにおいても反復して記憶を保持し知識の定着をはかる学習方法として利用できるとの提案もなされた。
 聴衆者から、記憶保持も重要だが、人間力や解決力を高め自分で考えることができる力を高めるべきではないか、高校の現場では間違いノートを作らせるなどすでに実践している、などの意見が出された。また、国家試験対応という意味では、要点集を作成して繰り返し学習すること、正しい選択肢と間違った選択肢の対応方法を指導することが重要だ、などのコメントも出された。
 国家試験に合格させなければならない教育者にとって重要なテーマである。しかし、発表者も指摘しているように、根本は学生の主体性の欠如、基礎学力の低下、学習意欲の不足による問題にあるのではないだろうか。学校の使命の一つとして国家試験に合格させることが挙げられるが、これら学生に対する抜本的な能力向上になるかという疑念に対して会場から問題提起されたテーマであったといえる。

5 石川慶子「クライシスコミュニケーションにおける表現力の重要性に基づいた外見リスクマネジメントの提唱」
 お詫び記者会見などクライシスコミュニケーションの場においては、言語による意志表示だけではなく、外見など非言語による意志表示が重要であり、報道後に世間の評価が大きく変化することがある。インタビュー時の当事者の表情、服装、姿勢、髪型、化粧などにより、報道後に記者会見の対象となった事実が広く拡散した事例が紹介され、これら非言語要素を外見リスクと捉え、この外見リスクの重要性について問題提起された。お詫び会見であれば、まず言語により説明責任を果たすことが基本であるが、さらにお詫びする対象者にどのように見られるかを意識した服装、姿勢などが重要であるとの指摘である。
 なお、外見という事象は定量化しにくく、さらに報道が加速するという現象との関係とを結びつける手法についても今後の課題であると指摘されており、この外見リスクの概念については今後更なる研究が求められると述べられている。
 聴衆者から、外見リスクのとらえ方について質問が寄せられたところ、外見リスクの発生は自分の持っているイメージと相手の持っているイメージが異なることに根ざしており、相手のイメージを捉えることが重要であるとの説明が加えられた。また、質疑の中でクライシスコミュニケーションにおける外見リスクの問題は、50代以上の人達に顕著ではないかとの指摘も発表者からなされていた。

5 【危機管理にかかわる他学会、他組織での関連イベント・行事等】

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☆日本安全教育学会 第19 回横浜大会

「環境変化に適応した安全な学校生活のための危機管理」

・年次学会長 國學院大學 教授 村上佳司

・日程:2018 年9 月8 日(土)~9 日(日)

・会場:國學院大學 横浜たまプラーザキャンパス(横浜市市青葉区新石川3-22-1)

・詳細:https://anzenkyoiku-taikai.com/

☆第9 回「震災対策技術展」東北

・主催:「震災対策技術展」東北 実行委員会

・日時:2018 年8 月30 日(木)~31 日(金)

・場所:AER ビル(仙台市)

・詳細:https://www.shinsaiexpo.com/tohoku/

☆第37 回日本自然災害学会学術講演会およびオープン・フォーラム

・主催:日本自然災害学会

・日程:2018 年10 月6 日(土)~8 日(月・祝)

・場所:仙台市中小企業活性化センター(仙台市)

・詳細:http://jsnds.org/annual_conference/

☆第15 回日本地震工学シンポジウム

・主催:日本地震工学会(幹事学会) ほか

・日程:2018 年12 月6 日(木)~8 日(土)

・場所:仙台国際センター(仙台市)

・詳細:http://www.15jees.jp/

◆会員に周知や紹介したいイベント・行事等がございましたら、行事名、主催、日時、場所詳細リンク先 等を、総合危機管理学会事務局(info@simric.jp)までお送り下さい。

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